故・延藤安弘先生を偲んで



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[31] 故延藤安弘先生(当時、名城大学教授)のご逝去を悼む

投稿者: 元水俣市長 吉井正澄 投稿日:2018年 4月21日(土)17時27分0秒 ntaich253170.aich.nt.adsl.ppp.infoweb.ne.jp  通報   返信・引用

延藤先生のご逝去、まことに無念であり心からご冥福をお祈りいたします。
私、馬齢を重ねて最近少し体調を崩していました。折角の「偲ぶ会」に出席できませんので、簡単な哀悼の言葉をお送りいたします。

1995年の水俣病未認定患者の政治解決に向けた陳情活動の成果の一つに、環境庁は、地域全体の被害の救済として「もやい直しセンター」の建設を約束してくれました。そこで市は、健康、福祉、生涯教育などの複合施設の建設を計画しましたが、当時は水俣病問題が最も紛糾し市民の合意形成ができる情況ではありませんでした。そのような中で、建設を引き受けていただいた延藤先生の存在は真っ暗闇に現れた救いの神でありました。
まず、合意形成の手段としてワークショップを提言されました。市民が基本構想から論議することで市民にも一定の責任を持たせるという、当時としては、まったく斬新な行政手法でありました。
そのワークショップを通した市民の動きに応じて事業を推進するよう適切な指導も頂きました。これが「市民参加」ならぬ「行政参加」という水俣市独特の行政手法を編み出すことにつながったのであります。

想えば、先生は、公共施設の建設という本来の仕事だけでなく、崩れてしまった市の内面社会の再生、即ち「もやい直し」はワークショップという市民対話で実現できることを実証し、それに全国的に名を馳せた「行政参加」という水俣市独特の行政手法の開発に貢献され、水俣再生の基礎を築かれた功績を忘れてはならないと思っています。私は「もやい直しセンター」を訪れる度に延藤先生の存在を思い出し感謝いたしております。

先生から多くのことを学び成長された有能な多くの職員を見てきました。それらの人びとが水俣再生の原動力になったと信じています。

最後に、お集まりの皆様が益々ご健勝で延藤先生のご薫陶をさらに活かされますように祈念いたしますとともに、重ねてご冥福をお祈りいたします。

以上
 吉井正澄


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