故・延藤安弘先生を偲んで



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[19] 自分で自分を育てることができた人

投稿者: 林桂吾 投稿日:2018年 2月21日(水)23時04分17秒 softbank126100241183.bbtec.net  通報   返信・引用

私が東京の出版社をやめて名古屋に来たのが2001年。延藤安弘さんの『こんな家に住みたいなナ』(晶文社)は学生時代からの愛読書だったのですが、名古屋に住んでいらっしゃるのを知ったのは2004年9月のことでした(てっきり千葉大学におられると思っていましたので)。すぐにお手紙を出して、当時は名古屋の代官町にあった「まちの縁側MOMO」にうかがいました。もちろん延藤さんの本をつくらせていただきたいと思ったからです。さっそくこれまで書かれた原稿のコピーをお預かりしたものの、良くも悪くも『こんな家に住みたいナ』のイメージに私自身が引っ張られ、これと違う切り口をとあれこれ考え数カ月…。延藤さんから「じつはこんな企画もある…」とご提案いただいたのが、「まちの縁側大楽」の連続講座をまとめるお話で、それが『私からはじまるまち育て』(風媒社、2006年)になりました。
延藤さんの単著の話は結局そのままになってしまいましたが、その後、延藤さんのお母さんの本『私の花ものがたり』(延藤安以子著、2006年)の編集を担当させていただく機会に恵まれました。私家版ではありますが、国立国会図書館にも1冊入っていますし、中から一部、私の好きな箇所を引用させていただきます。
「金木犀」というタイトルのエッセイの後半です。

「…はじめて堺の成人学校へ行った日は、五十年も昔の十月開講の犬養先生の万葉講座でした。そのはじめてのお講義は、『宮廷の皇子、皇女の相聞歌』。はじめてきく先生のあのお話ぶり、いいお声で朗々と詠まれるお歌に、身も心もうっとりとなって九時半。チンチン電車で船尾の駅から家へ帰るまでの道で、金木犀がかすかに漂っていました。たしか大内山さんというお宅のお庭からです。とみこちゃんが『おすもうさんみたい名前のおうちがあるよ』と教えてくれたおうちです。なんて幸せなこと、なんてよい日、そしてなんて、いい思いをしてきたことかと、胸をあつくして帰ったことを思い出します。
 あの夜流れていたいい匂いの空気、そして、主婦としてはじめて、こんな勉強の機会に恵まれた幸せを胸に帰宅しました私を、今もはっきりと思い出せます。あの夜、茶の間では、お父さんと、子どもたち三人がお茶の用意をして待っていてくれました。いささか興奮気味で、その日の授業のことをみんなに話してお茶を、そして、その後、勉強する子どもたちとともに、私も、その日の先生のお講義を忘れないうちにと一生懸命ノートしたことを覚えています。長い私の一生の中での忘れられない日でした」

この「子どもたち三人」の一人が延藤安弘さんだったんですね。こういうご両親、家庭の中で延藤さんは育ったのだと…。安以子さんも、延藤さんも、自分で自分を育てることができた人だったと思います。



「お寺の本堂での幻燈会、大好きです。神々や天女に見守られながら、語り手も参加者も幻想の世界を分かち合えるからです」
延藤さんからの私宛最後のメールです。暖かくなったらあるお寺で幻燈会をやりたいと、私が主催してでも実現したいと考えていました。幻になってしまい、本当に残念です。
いろいろと考える手がかりをありがとうございました。


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