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ゆとりという蔑称

 投稿者:roomlife  投稿日:2010年 4月17日(土)19時35分35秒
返信・引用
  極めて不快である。そもそも我々の選挙権がない頃に決まった国の教育政策に対して、なぜ我々が非難・中傷されねばならぬのか、甚だ疑問である。まあ私はゆとり教育すらも途中でドロップアウトした人間なのだが、2chやビジネスサイトのゆとり叩きとか見るとこれはどこまで本気なのだろうかと思ってしまう。まず、たかが教育カリキュラムの変更ごときで人格形成に影響を与えられると考えてること自体がおかしいではないか。もしそうだとしたら、それは既に教育ではなく洗脳である。もちろんこの国の教育なるものが洗脳の域に達していることは私も否定しない。体育の集団行動や部活がその代表である。しかしそれら洗脳教育はゆとり教育が行われている現在も依然として生き残り続けている。ゆとりも団塊ジュニアと同じように教育による洗脳を同程度に受けているのである。

団塊ジュニアといえば、就職氷河期世代もその責任は当人たちにはない。その責任はバブルを謳歌した上の世代にある。しかし彼ら氷河期世代は同情こそされても、非難されることはまずない。この点がゆとり世代との大きな違いである。ゆとりバッシングは殆どが当人に向かうのだ。まあネット上に限った話といえばその通りなのだが、当たり前だがPCの前には人間がすわっている。

間違ったバッシングに勤しむ連中が馬鹿なのは言うまでもないが、馬鹿に馬鹿と言ったら問題が解決するわけでもあるまい。もちろん、賢い偉い人が馬鹿に対して正しい認識を啓蒙したってどうにもならない。それはいくら左派のお偉い人々が正しいことを言ってもネット右翼が減らないのと同じである。じゃあどうするか。私はゆとり世代が団結し差別に抵抗しない限りはどうにもならないと思う。そのためにはまずゆとり世代が自らを被差別階級と認めることである。そこからようやく闘いが始まる。
 
 

Re: 高校無償化について思うこと

 投稿者:roomlife  投稿日:2010年 4月17日(土)01時08分54秒
返信・引用
  > No.17[元記事へ]

超過疎掲示板へようこそw
読書部いいですね、そういえばいつか言ってたSkypeでの読書会もいずれやりたいですね。
まあ参加者は私とタケシさんだけになると思いますがw
テクストは共産党宣言あたりがいいと思います。ってもまだ読んでないんですが。短いのだし読もうと思い続けて結局あと回しになってます。

怠け批判が凄いのですか?私は最近、世間の動向というか、テレビとかほとんど見てないので全くわかりません。2ch閲覧も精神衛生に悪いのでやめました。twitterも嫌な人はフォローしないし、怠け批判などする者は即ブロックするので、そういう雰囲気はあまり感じませんね。
 

Re: 高校無償化について思うこと

 投稿者:タケシ  投稿日:2010年 4月15日(木)09時17分51秒
返信・引用
  > No.16[元記事へ]

いいね~♪^^
こんなことやってたのね~♪^^
部活なあ^^ええ視点ですね^^
自分は中学の時から、部活って嫌悪してたな。
当時は本読まなかったけど、読書部に入ればよかったよ。
勉強できひん男子が、
アイデンティティを得るには、スポーツかロックやろなあ^^
当時はJAPANの果てしなき反抗なんかに共感したなあ^^
デヴィッド・シルヴィアンもドロップアウトしてはるで~♪
運動系の部活やると女子にモテるよね^^
この女子にモテるということがポイントやなあ^^
男子にとって女子にモテるということは、最大の関心事やからね。
洗脳するにはもってこいやで^^
自分も走ってる時、
女子がみてるの意識してどうやってカッコよく走ったろかと考えたもんや。
ファイト!ファイト!とかゆわれると、ガンバレたもん。これガンバリズム。


そういえば世間の怠けることに対する批判すごいよね><
これも女子からの叱責がいちばんこたえるねん><
余計に無気力になってまうわ><
 

高校無償化について思うこと

 投稿者:野菜  投稿日:2010年 3月18日(木)03時05分49秒
返信・引用
  まず、私が政治的に無知だということ、そしていくら無知だからといって政治的に偏りのない発言というのは不可能だということを前提にしたうえで、私の意見を述べたいと思う。
今更な話題ではあるが高校教育の無償化について、私はこの政策によって、家庭の貧困を原因に中等教育を中断せざるを得ない子どもが減るのはいいことだとは、素直に思えない。
理由は、小学校から高校まで、特に中高の「教育」と称するそれは殆ど洗脳の領域であること、特に家庭的貧困に置かれている子供が多く通う低偏差値の学校ほどそれが顕著であるということがいえる。
例えば部活というものがあるが、日本の運動部の場合、純粋な体力育成や技術向上といった目的は全く無視され、集団性や協調性、上下関係といったものが殊更重視される傾向にある。
これは、「青春の思い出作り」という建前のもとに日本的企業に適応させるための社畜的価値観養成、それを強制的に行っているという指摘が数おおくなされている。
また、運動部に所属しなかった者でも体育における集団行動や、日常のイジメなどによって少なからず社畜的価値観を植えつけられているのだが、これに気づくのは学校社会からはじきだされたりドロップアウトした者のみである。
学校社会に適応しつつ、自己批判的にそのことを自覚するというのは不可能である。社畜的価値観を植えつけられた者たちを私は大衆と呼んでいるが、彼ら大衆は資本主義社会において適応者であり多数派として我々少数派を弾圧し、場合によっては命をも奪っている。
この大衆を大量生産する学校制度を補強する政策、それが高校教育無償化法案である。
私は共産主義者としてこの資本家の家畜を生み出す愚作に断固反対する。これは貧乏人の子からドロップアウトする権利を奪う法案に他ならない。
 

Re: 資本主義

 投稿者:笙田  投稿日:2010年 3月 6日(土)20時47分58秒
返信・引用
  > No.14[元記事へ]

学校が既にあるのに…。
民主主義(というか他人によって言語化されたあらゆる主義)なんて信用するだけ無駄ですね。
なんだか政治家でない人々には、政治は妥協か悪か、の二つしかないように見えます。
 

Re: 資本主義

 投稿者:野菜  投稿日:2010年 3月 5日(金)22時50分20秒
返信・引用
  > No.13[元記事へ]

何かタイミングよく(?)自民党が徴兵制を検討しているとかいうニュースがありましたね。
このようなカルト極右政党を完全に駆逐できないというの時点でやはり日本の民主主義は欠陥だと思わざるをえません。自民党の問題というより国民そのものの問題…。石原しかり。
 

Re: 資本主義

 投稿者:笙田  投稿日:2010年 3月 4日(木)18時42分21秒
返信・引用
  > No.12[元記事へ]

話題が違ってしまうかもしれませんが、単なる失業者のみならずニートや引き籠りまでもが「彼らだって本当は働きたいんだ」みたいに言われると、ものすごく違和感があります。お前は誰の代表だよ、と。私はやりたくないことはたとえ必要からやるにしても、やりたい事にすり替えることはできません。

>若者の人間力を高める国民運動とか言ってボランティアを義務化しようとしたり、たるんでいる若者を自衛隊でしばき鍛えろという言説が保守層に受けたりと、徐々にそういった「悪い」方へ向かいつつある気もするのですが…。

「悪い」ですね。実際そういう輩は自衛隊に居たことがあるのか、とか、お前らにホームレスを義務化して…なんていう屁理屈は措いても、変ですね。まあ殺人犯が一定数いるのと同じようにそういう人たちが一定数いるというだけなら、仕方ないとも言えるのですが、そういうことでもないのでしょうか。

>自分が生きている間に911テロのような「どでかい一発」がどのくらい起こるのだろうかと不謹慎ながら楽しみであります。

私としては、どでかい一発の後でもまた社会を築き上げるだけの人間が生き残るなら、一時は興奮するかもしれないけども、あまり意味は無いのかなあと思います。

話が散漫になってしまったきらいがありますが、このまま書き込みます。
 

Re: 資本主義

 投稿者:野菜  投稿日:2010年 3月 3日(水)22時23分58秒
返信・引用 編集済
  > No.11[元記事へ]

殺人が多少増えるぐらいなら個人的にはいいと思うのですが、強制労働はまずいですね。
まあ現状でも笙田さんが仰っているように生存不安からの半強制労働は依然としてあるのですが…。それと例えば、若者の人間力を高める国民運動とか言ってボランティアを義務化しようとしたり、たるんでいる若者を自衛隊でしばき鍛えろという言説が保守層に受けたりと、徐々にそういった「悪い」方へ向かいつつある気もするのですが…。

>宇宙規模で異変が起きて、人類など蝋燭の火が消えるように一瞬にして消滅してしまえばいい

どのくらい先のことになるかわかりませんが、これは確実に起こりうる未来ですね。
太陽が膨張し地球が飲み込まれるのは避けられませんし、例え宇宙技術が発達して地球をから他の星へ移住できたとしても、宇宙の収縮によってこの世が消滅するということは自明なわけですし。まあそれまで待たなくとも、核兵器や温暖化で近い将来自滅する未来が待っているだろうとは思いますが…。何せ、一人のテロリストが死を覚悟すれば貿易センタービルを木っ端微塵に出来る時代ですし、自分が生きている間に911テロのような「どでかい一発」がどのくらい起こるのだろうかと不謹慎ながら楽しみであります。犠牲になるのは自分かもしれませんけどね。
 

Re: 資本主義

 投稿者:笙田  投稿日:2010年 3月 3日(水)13時32分15秒
返信・引用
  > No.10[元記事へ]

>健全な高度経済成長期より、自殺や失業率や不登校が激増した不健全な現代の方が遥かに生きやすい

確かに私も引用にあるような人たちが一般に認知されるほどには増え、しかも冷遇も支援もされなければいいとおもいます。多分、私の「悪い社会」という言葉の捉え方がずれていました。なんというか、殺人が軽犯罪のように起こったり、(今の労働を半強制と言うなら)強制労働させられたりと、単に善人の価値観をぶち壊して苦しませて、「ざまをみろ」と言ってしまえる社会のようなものかと。

宇宙規模で異変が起きて、人類など蝋燭の火が消えるように一瞬にして消滅してしまえばいい、等と、私も時々想像しますが、「庶民が死ぬ社会」と言われると何かひっかかるのです。赤木氏の文章は読んだことは無いのですが、戦争なり災害なりで現にいる正社員(騎士階級でも中国人でも)を殺してまで自分が正社員になりたい、というのはどういうことなのか、自爆テロでもしたほうがスッキリするのではないか、と思うのです。
 

Re: 資本主義

 投稿者:野菜  投稿日:2010年 3月 3日(水)02時51分57秒
返信・引用 編集済
  > No.9[元記事へ]

>革命なんていうのも、中心になる人物はいても、彼の意志がそのまま社会に反映されるということは、敵対者のみならず味方ですら、他者がいる限り、あり得ないでしょう。

そうですね。我々がいくらレーニンやゲバラに憧れても、ソ連の帰結を見てしまったわけですから、尚更そう思わざるをえません。
私がなぜ社会がより悪くなるのを望んでいるのかというと、哲学者の中島義道氏が著書の中で、健全な高度経済成長期より、自殺や失業率や不登校が激増した不健全な現代の方が遥かに生きやすいということを書いていたからです。私は高度成長期を生きていないので、直に実感したわけではありませんが、かなり同意しました。

>無骨な質問ですが、それは自分が死んだり、肉体的に半殺しになったり等するとしてもですか?
ブログでも書いたのですが、私は人が平等に死ぬ社会を望んでいます。赤木智弘氏というフリーライターがいるのですが、彼は戦争による社会の流動化(正社員ら庶民が死に、フリーターら無産者階級に雇用のパイがまわること)を望む論文を寄稿して一定の支持を集めました。私は戦争には反対ですが、この手のロジックがある一定層に受けるのは確かで、私も賛成はしなくとも共感はしました。
絶望の中にある者が、このまま生きてもいつか蔑まれて死ぬ未来しかないとしたら、金持ち貧乏関係なく平等に死ぬ―たとえ自分が死ぬかもしれなくとも―ことを望むのは、それほど不思議な話ではないような気がするのですが、いかがでしょうか。
 

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